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一寸涼しくなれそうな写真

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今日は8月1日いわゆる八朔、徳川家康が天正十八年(1590年)八月一日(旧暦)に公式に江戸城に入った日で江戸幕府では正月に並ぶ祝日とされた。先月末は一時的に猛暑も収まったが昨日あたりからまた猛暑再来となったようだ。こんな季節だから少しでも涼しくなれそうな写真がないかと探し当てたのが右の写真です。実はこれ20年前に四国を訪れた時の写真です。

瀬戸大橋が開通して間もなくの頃だったと思う。当時勤めていた会社が大規模再開発機構に加盟していたお蔭で、出来て間もない瀬戸大橋の視察見学会に参加させてもらうことができた。与島にあった瀬戸大橋を管理する事務所の担当者の案内で海面からの高さは100メートルを超える主柱塔の頂上に案内された。
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何と言っても本州と四国を結ぶ鉄道と自動車道を抱えた当時は世界一のつり橋と言われた連絡橋の規模は聞きしに優る壮大で大規模開発の技術の素晴らしさを目の当たりにしてただただ驚きの光景だった。

幸い私は高所恐怖症では無かったので絶景を堪能することが出来たが、さすがに真下の海面を眺めると足のすくむ思い。
暑い折でも暑さを忘れることは出来る暑気払いには持って来いの場所だ。
写真上は四国の坂出方向、下は岡山方面の景色、開通から間もない時期で料金も高かったせいか通行する車も極めてまばらであった。..
# by bogie21 | 2010-08-01 09:48

夏の土用

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梅雨が明けたと思ったら猛暑到来。テレビでは天気予報、ニュース番組の度に熱中症予防を呼びかけており、我々後期高齢者は家に蟄居を余儀なくされている。こう暑いと矢張り涼しい所へ行ってみたいと思うがそれも叶わぬとあれば26日の土用丑に鰻でも食して暑さしのぎをするしかあるまい。

落語の中にも鰻に関わる噺は幾つもある。まあ皆さんご存知の噺なので恐縮ではあるが敢えてそんな噺を二つばかり紹介してみよう。
先ずは「素人うなぎ」、明治の初め、これまでの武士階級が独立の生計を立てなければいけないこととなり、何をやっても失敗勝ちのところへ、酒癖の良くない鰻職人に勧められて鰻屋を開業したが、この職人が酒に酔って出たまま帰らず、その留守に客が来たので嘗ては武士であった主人が鰻をさばこうとして、やっと鰻を手づかみしたまでは良かったが、鰻がもがいて暴れるので両手で掴んだまま表まで鰻と一緒に飛び出し町内をうろついているところに顔見知りから「旦那どちらへ」と声をかけられ、思わず「鰻に聞いてくれ」と音を上げるというお噺。

もう一つ「鰻のたいこ」、「近頃の不景気でいい客にぶつかったことがねェ。一つ誰か捉まえてせめて鰻でもごちになりたいものだ」と売れない幇間一八が通りを歩いていると浴衣がけの男に出会う。浴衣がけながら一見して旦那風の男に声をかけてその男を鰻屋に引っ張り込み散々おべんちゃらを並べたてながら飲み食いしていい気持ちになっている。しばらくして浴衣の男は一寸お手洗いへと言って席を立つ。そして男は「私は旦那のお供の者だ、あの羽織を着ているのが旦那だから勘定はあちらからもらってくれ」と言って店を出てしまう。
そこで鰻屋の姐さんが一八のところへ勘定を持って二階に上がって行くと一八はびっくりして大いに愚痴をこぼすが仕方無しに自腹を切って支払うが勘定の高いのにびっくり、姐さんがお供の方がお土産を三人前お持ち帰りになりました」と答えたのでまたまた愚痴をこぼす。散々当り散らして帰ろうとすると今度は下駄が違っている。「わたしのはまだ新しいのだ」と怒鳴ると鰻屋は「いえ、新しいのはお供の方が履いていきました」

まあ鰻にまつわる噺は幾つもあるが暑さしのぎにこんな噺を思い出すのも一興であろう。
# by bogie21 | 2010-07-25 10:30

梅雨明け

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いよいよt梅雨も明けて本格的な夏本番がやって来る。それにしても特に西日本での雨の降り方はまさにゲリラ豪雨そのものだった。
テレビで各地の水害あるいは山崩れ、土石流の凄まじさを見せられててこれが日本の景色かと驚かされる。被災された方には何ともお気の毒でお見舞い申し上げる。

さて今後の政局であるがこちらは梅雨明けですっきりとは行かないようだ。今月11日の参議院議員選挙の結果については民意は厳しく民主党の惨敗に終わり、国会は衆参のねじれがはっきりした。開票直後に菅代表が自分の消費税発言がこうした結果を招いたとお詫びしたがそれだけが今回の敗因とは思えない。鳩山前政権の普天間基地をはじめとして、首相自身の政治資金問題などについての発言のぶれの大きさに国民が不信を抱いたことが根本にあったと考える。
党内では菅首相ならびに党役員の責任を問う意見が高まったが、菅首相は内閣並びに党の役員人事については9月の代表選挙まで現状で推移すると表明した。

国会のねじれ現象は自民党政権時代もあり自民党政権も随分と苦労したが、今回は法案が参院で否決されれば衆院で再議決も出来ない状況に追い込まれた。
一方で国際社会の日本を見る目も厳しさを増しそうだ。IMFは14日、日本に対する年次審査報告を発表し先進国で最悪となっている我が国の財政状況について2011年度から段階的に消費税率を引き上げ財政再建を進めるべきと提言してきた。

菅政権にとってはまさに「内憂外患交々来る」というところであろうがどのような姿勢で今後の政局を乗り切るか思案の正念場を迎えたと言えるであろう。
# by bogie21 | 2010-07-18 10:46

弾丸列車の夢

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上の写真は山の手線の電車の車体広告、左は富山の八尾おわら祭り、右は弘前のねぷた祭りの広告電車が走っていた。
ねぷたは東北四大祭りのトップを飾る8月1日から、おわら風の盆は9月の1日から始まる。何年か前にこれらの祭りに出かけて祭りを見物したときの熱気とか興奮を思い出すと、また出かけてあの感激に浸ってみたい気がする。

ところで、この車体広告から青森と富山の共通点を色々と考えてみたが、両方とも近未来に新幹線が通るということかと思いついた。
青森の方はすでに工事は完成していて現在は試運転を行っている話も聞いている。富山の方はまだ実際に電車が走るまでには時間がかかりそうであるが、富山駅周辺の新幹線設備工事も着々と進められていると聞いた。

東北、北陸以外でも九州では博多から熊本、新八代間の工事も進んでいるようで、これが完成すれば本州の青森から鹿児島まで2000キロが新幹線でつながることとなる。日本の弾丸列車構想が発表されたのは戦前で日本の本土の列車を関釜連絡船を使ってそのまま満州鉄道に接続させようという構想のもとに、東京から下関まで広軌道で完成させようというものであった。たしかその線路の基点は渋谷駅にしようと言うことまで決まっていたと思う。私がこの構想を知ったのはたしか紀元は二千六百年の昭和15年(1940年)頃だったと思うが、当時とすれば単なる夢物語としか思えなかった弾丸列車構想から数えて70年、東海道新幹線の着工から数えても50年経って本土の新幹線網が完成することとなったのは何とも素晴らしいことだ。
満鉄につなぐ夢はとうの昔に消えてしまったが、新幹線建設に当たっては旧満鉄のスタッフの経験が十分に生かされたとも聞いている。

車体広告が何と新幹線まで話が広がってしまったが、この新幹線網が完成したときには一度青森から鹿児島までの全線に乗ってみたいと思っている。
# by bogie21 | 2010-07-11 09:29

この半年

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早いもので暑いの寒いのと言っているうちに今年も半分が過ぎた。上の写真は私が気に入っている3月に横浜に行った時の横浜ベイブリッジの写真を掲げて見た。さて、この半年を振り返って直近の新聞テレビで連日報道されているイベント、事件といえばFIFAワールドカップ、それと大相撲の野球賭博問題であろう。

南アフリカで開催されたFIFAワールドカップで日本の出番は終わった。開催前に岡田監督に対する前評判は余り芳しいものでなかったが、グループリーグでカメルーンに1-0で勝利してからは見直されて、オランダには0-1で敗れたがデンマークに3-1で勝って決勝戦に進出してからは熱狂的応援に変わった。決勝ではパラグアイと互角に渡り合い0-0で惜しくもPK戦で敗れたが、実力的には8強に並ぶことを実証したその戦いぶりに国民が感銘を受けた。関空で行われた記者会見も極めて明るい雰囲気で行われたのも素晴らしかった。
その反面、大相撲は野球賭博問題に揺れており、厳正な処分と引き換えに11日からの名古屋場所を開催することが決まったが、何かもやもやが吹っ切れない思いが残る。

一方、政治面では昨年9月民主党鳩山政権が誕生して国民の期待が大きかったにもかかわらず、鳩山政権になって先ず政治資金の問題が浮上、秘書の責任は代議士本人の責任と野党時代言い続けた鳩山首相本人に政治資金の問題が降りかかったのは何とも皮肉、母親から毎月多額の寄付を受けていながら秘書のしたことで本人は知らなかったと白を切り通したことに国民の失笑と不信を買った。それに加えて小沢前幹事長の政治資金問題、野党の説明責任を果たせと言う追求にも疾しい点は一切ないと言い通すのみで終始した。
それと普天間基地問題、鳩山前首相は基地の移転先は最低でも県外と主張し沖縄県民に希望を持たせ5月末までに米国、沖縄県民、与党の了解を得られる解決を図ると言い続けたにもかかわらず、最終的には与党の福島大臣を罷免してまで沖縄辺野古周辺で日米間の協議を纏めざるを得なかったことで地元のみならず全国民の反発を買ったのも当然であろう。内閣支持率も遂に10%台まで下落し退陣を余儀なくされた。

菅政権は小沢前幹事長にはしばらくお休み下さいと引導を渡し小沢氏から距離を置く人材で党役員、内閣を固め、マニフェストも実現可能のものに見直しを計り、「強い財政」「強い社会保障」「強い経済」を標榜してやっと現実路線の地に着いた政策に落ち着きそうだ。
また、菅総理自身が財務大臣を経験、ギリシャの財政破綻に伴う混乱を目の当たりにしてこれが我が国に対して決して対岸の火事ではないと実感したこと、そしてカナダで開催されたG8~G20の会議でも各国の財政再建が議題となることもはっきりしており、これらを念頭に置いて首相就任直後の超党派による消費税増税議論推進発言につながったのではなかろうか。

11日の参議院選挙で国民がどのような審判を下すのか固唾を呑んで見守ることとしよう。





# by bogie21 | 2010-07-04 10:34