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今年もいよいよ押し詰まり到る所でクリスマスソングの曲が流れるようになった。
アメリカでは景気も大分上向きになって、今年のクリスマス商戦は去年より大幅に活発になっているという。 我々高齢者には縁の無くなったボーナスだが日本でも電機あるいは自動車などのエコポイント景気もあって暮のボーナスは前年に比べ増えたという人が多いようだ。街を歩いて見ても今年は去年よりクリスマスツリーの飾りも何となく派手になったような気がする。 そこであちこちで目に留まったツリーを並べてみた。 ① 東京メトロ竹橋駅のアーケード ② 如水会館ロビー ③ 神保町 角 ④ 池袋メトロポリタンホテルロビー ⑤ 日本橋三越 ⑥ 街路樹 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
# by bogie21 | 2010-12-19 08:58
先週の9日、みずほ総研の「回復か停滞かの分岐点~2011年の経済と政策を読む」と題する杉浦哲郎氏の講演があった。 以下講演の要旨を紹介して見たい。最近の経済統計を見ると、 (1)輸出、個人消費、設備投資はそれなりの回復を示し ており、 (2)補正予算による緊急経済対策の効果も実質GDPで 0.6%の上昇が見込まれるので、当面の景気が二番底に陥るリスクはそう大きくはない。 しかし来年度も (1)相変わらず雇用、賃金の伸びは低調であり個人消費は伸び悩むであろう。 (2)設備投資の回復も緩慢で大きな成長は期待出来ない。 (3)牽引役の輸出も減速し、頼みの綱は新興国という状況で2011年度の成長率も1%程度に留まるであろう。 そして、来年度でも無視できないのは (1)国際的には先進国の経済停滞、財政金融不安、新興国のインフレ圧力、通貨安競争 (2)これからの日本が生きる道はグローバル化が必要であり、我が国もTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加を表明したが ハードルは高い (3)国内的には政府の機能麻痺による来年度予算編成がどうなるかによっては景気の下振れリスクを無視することは出来ない とのご託宣であった。 更に我が国最大の課題は財政赤字の削減であり、財政規律の方向を緊急に確立する必要を取り上げられた。 現在、政府の長期債務残高は862兆円(うち国債696兆円)で当面は個人金融資産残高 1453兆円、外貨準備94兆円があるので国債の国内保有が95%と特に問題は無いが、毎年度の財政赤字が余りにも大きくその膨張が止まらなければ、あと10年~15年で政府の債務残高が個人金融資産残高をオーバーすることとなり、ある日突然の金利上昇、通貨下落、インフレを招くこととなる。 こうした財政規律に対する信頼感を失わないためにも早期に社会保障制度の改革、年金制度の見直し、医療費の抑制など歳出面の見直しと財源確保のための税制見直しに着手する必要があると強調された。 現在の民主党政権下では選挙目当てのバラマキやパフォーマンスが顕著であるが、財政再建の処方箋に対する試金石は2011年度の予算編成とTPP交渉の進展如何にかかると強調して講演を締めくくられた。 # by bogie21 | 2010-12-12 10:05
数々の波乱に富んだ臨時国会も幕を閉じた。
以下は実質的な審議を終えた先月29日に撮った永田町国会周辺の景観です。 ① 国会議事堂 ② 議事堂周辺の銀杏並木 ③ 民主党本部④ 自民党本部 ![]() ![]() ![]() ![]() # by bogie21 | 2010-12-05 10:20
22日、国立劇場で歌舞伎 国性爺合戦(こくせんやかっせん)を観た。その筋書きをプロによって紹介するとこうだ。 「栄華を誇った明朝は奸臣の李蹈天(りとうてん)の内通により韃靼(だったん)国に攻め込まれ壊滅の危機に瀕します。海上に逃れた帝の妹 栴檀(せんだん)皇女は日本の九州平戸に漂着し、かつて帝に追放された忠臣の老一官(ろういっかん)、その妻 渚(なぎさ=日本人)、そして息子の和藤内(わとうない)に助け(られます。親子三人は明朝の再興を誓って大陸へ渡り、五常軍甘輝(かんき)という将軍の支援を得ようと図ります。それは老一官の生き別れた実の娘で甘輝の妻錦祥女(きんしょうじょ)を頼ってのことでした。 和藤内親子は無事に甘輝の館、獅子ヶ城に辿りつくが、甘輝は明国の家臣であったが今は韃靼に従っており、この時韃靼に赴いていて留守のため夜の城門は固く閉ざされている。ならばと老一官が日本から来た者だと言い、甘輝の妻である錦祥女との対面を乞うた。老一官は城内の錦祥女に向かい自分こそは二歳の時に生き別れになった父であると親子の名乗りを上げた。老一官は娘に甘輝にひそかな頼みごとがあるので城内に入れて欲しいと頼むが、韃靼王の命令でたとえ縁者でも他国の者を城内に入れてはならぬと命じられているので入れるわけにはゆかぬとの返事。すると渚が縄付きとなって城内に引き入れられようと言い出した。錦祥女はやむをえずこの方法で義理の母を預かることとした。そして夫甘輝が父たちの願いを聞き入れたら小川の水に白粉を溶いて流し、願いが聞き入れられなかったときは紅を溶いて流すと約束する。 やがて甘輝が帰館して渚は明国再興のためわが子和藤内と共に韃靼国を滅ぼして欲しいと頼み込む。しかし甘輝は韃靼王から和藤内を征伐する命令を受けている身。しかし今聞けば狙う和藤内は図らずも妻の弟、和藤内に味方するためには女の縁にほだされて弓矢の道を忘れたと言われないためには最愛の妻の死が必要と考え、妻の喉元に剣を押し当てた。それを渚は必死で止める。渚にとっても異国の継子を見殺しにしたとあっては自分ばかりか日本の恥になる。いっそ共に死んでしまいたいと義理の母娘は互いに縋り付くのであった。 場外の石橋の上に立つ和藤内が川を覗き込んでいると川に紅が流れて来る。今や敵となった甘輝の館へ母を奪還するため城に急ぐ。 和藤内が城内に暴れ込み甘輝の前に仁王立ちすると錦祥女が虫の息で「早まり給うな」と声をかけた。さっき川に流した紅は錦祥女の血と知って動転する面々、錦祥女は自分の命に代えて夫を親兄弟の味方にしようとしたのだった。 妻の自害を無にすることは出来ないと甘輝は和藤内を主君の座につけ頭を垂れ、和藤内にこれからは「延平王 鄭成功(ていせいこう)」と名乗ることを勧め自らは鄭成功に仕えることを誓った。装束を改めた息子の頼もしい姿を見上げた渚は、和藤内と甘輝を結びつけることが出来たことに満足し錦祥女の懐剣を取って自らの胸を突いた」 私は数年前、にっぽん丸で台湾一周を試みたが高雄で鄭成功という武将が折から侵攻して来たオランダ人を追い払ったという話を聞いたことがあった。その鄭成功こそ元を質せば中国人と日本人の親から生まれ、後に近松門左衛門が歌舞伎に「国性爺合戦」として作り上げたというのでこの歌舞伎が上演されたら是非見たいと思っていた。図らずも今回その願いが叶い大いに満足している。なお参考までに書き添えると、鄭成功となる前の和藤内という名前も和(日本)、藤(唐=中国)、内(無い)、すなわち和でも唐でも無い,、あるいは和も唐も内に秘めているという洒落で近松門左衛門がつけたのかも知れない。 演者は和藤内(市川団十郎)、錦祥女(坂田藤十郎)、五常軍甘輝(中村梅玉)、老一官(市川左団次)、渚(中村東蔵) その他。 # by bogie21 | 2010-11-28 09:05
今月の12日、三越落語会に行って来た。演者・演目はここに載せた通りであるが、今回の落語会について花井伸夫氏は次のように書いておられる。 「奇しくも今回の演者はみんな五代目小さんの流れを汲む。直系はトリの小三冶(新・落語協会会長)、ちょいと先輩なのが馬風(前会長で現・最高顧問)。 三代目三木助他界後、五代目門下へと移籍して老成してきた扇橋。そして左談次は談志門下だから孫弟子にあたり、新真打のわか馬改め五代目小せんは馬風一門、やはり孫弟子にあたる。不意にそんなことに気がついたら、柳家の言葉の豊穣を頭のどこかに置きながら楽しむのをお勧めしたくなってしまった」 と。 今回の私のお目当ては勿論小三次師匠の「うどんや」でこれは相変わらず期待に違わぬ噺であったが、期待はずれだったのは扇橋の噺で声が出ないのか、マイクが一寸遠かった為でもあろうか、あるいは私の席が後ろの方だった所為もあるかも知れぬが何とも言葉が聞き取り難く残念だった。 いくら老成して来たとはいえ、噺家より年上の私なども聞きに出かけているのだから会場係がもう少し気を利かせてマイクの位置を変えるとかしてくれれば良かったのにと思った次第。 小三冶師匠の話はもう40年も前から聞いているが、あの頃 勿論昔の文楽、志ん生、円生、小さん、三木助など当時の大名代が出演した東横落語会の前座で出ていたときは、楽屋入りする小三冶はオートバイで駆けつけてヘルメットをつけたままの姿でエレベーターに乗り込んで来たのと良く一緒になったものだった。 それが今や落語協会の会長、時代は大きく変ったものとこれも感慨ひとしおであった。 # by bogie21 | 2010-11-21 10:24
![]() またまた日本橋に新名所誕生、その名は「COREDO室町」、もともとCOREDOという名前は、英語のCORE(コア=中心)に(EDO=江戸)を繋げて名づけたものだという。大分前に日本橋交差点、東急日本橋店(昔の白木屋)跡地に出来た「COREDO日本橋」が一番店で「室町」は二番店となる。 そして室町の方は江戸の名前に相応しく 1階には鰹節の「にんべん」、刃物で有名な「日本橋木屋」、金箔の店「箔座日本橋」などの老舗・名店が出店していた。B1階はブックストア、2階から4階は和・洋・中のレストラン、料亭、飲食店が出店していて、どの店も一度は入ってみたいと思わせる店が並んでいてどの店も大いに賑わっていた。(5-6階は三井ホール、7階から上はオフィスフロア) 先にも書いた通り石造りの日本橋誕生から100年の年を来年に控えて、新館の増設を終えた三越日本橋本店、旧三井本館のデザインを継承し本館との融合を図って建てられた三井タワーとともに新しい文化の発信地が誕生したことは真に「これぞ日本橋」だと思った。 # by bogie21 | 2010-11-14 09:21
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 東大寺と言えば天平13年(741年)国分寺建立の詔が出され各地域には国分寺と国分尼寺が置かれることとなった。大和の東大寺、法華寺は総国分寺、総国分尼寺とされた。東大寺の境内に入るときに潜る南大門、大仏殿の巨大さに驚かされるが、総国分寺に相応しい広大な敷地にはこのほか鐘楼、二月堂、三月堂をはじめ著名な建物が幾つも存在する。今回は昭和19年の東大寺のご朱印の紹介です。① 総国分寺印 ② 東大寺印 ③ 大仏殿印 ④ 鐘楼印 ⑤ 二月堂印 ⑥ 三月堂印 です。 境内の一番奥には正倉院がある。正倉院といえば、先月大仏殿内で明治時代に見つかった金銀荘の太刀が正倉院御物の国宝 陽宝剣、陰宝剣だと分かったとの発表があった。これらの刀は聖武天皇の遺愛品で妻の光明皇后が献納した後、正倉院から持ち出され明治時代に大仏の台座の下から発見されるまで幻の宝剣とされていたという。平城遷都1300年記念の年にこうした発見があるのも因縁というものであろう。 また正倉院御物の中には「蘭奢待(らんじゃたい)」と呼ばれる香木があり門外不出とされたが、この香木の一部を切り取り焚いたとされるのが、足利義満、足利義教、足利義政、土岐頼武、と織田信長ら時の権力者であったと言うことでも先ごろ話題になった。 なお、蘭奢待」という名前は、蘭という字の中には「東」という字があり、奢という字の冠は「大」があり、待という字には「寺」があるので「東大寺」を隠し字にして名づけられたと聞いている。昔の人もこうした遊び心を持っていたというのが面白い。 # by bogie21 | 2010-11-07 09:21
![]() ![]() ![]() ![]() 日本では古代から高い山自体を神として崇め、山の麓の正面並びに山頂には神社が建てられた。 また西洋でも同様、山頂には十字架が立てられている。 仏教では釈迦の仏舎利を納めるのに仏舎利塔を建立して祀り、日本では寺院に高い塔を建てて祀った。 キリスト教の教会にも必ず尖塔が建てられている。 バベルの塔の伝説は人間の天(空)への憧れを率直に表現したのかも知れぬ。 前回は丸いオブジェを取り上げたが、今回は空に向かう線のオブジェを取り上げて見たい。 ① 池袋のメトロポリタンビルの入り口にある飾り ② 東武デパートの売り場の飾り ③ 六本木ミッドタウンの竹の飾り ④ 浅草から見たスカイツリー です。 戦国の世から城を築けば最上階には天守閣が据えられた。 現在、東京を始めとする都市には超高層ビルが連なっており、スカイツリーなどの電波塔や展望台のタワーも建設されていてこれ自体が美しさも兼ね備えている。人間の高みへの憧れを具現したオブジェを形成しているのかも知れぬ。。 # by bogie21 | 2010-10-31 09:22
![]() 前回に続き昭和19年のご朱印(薬師寺と唐招提寺)を紹介して見たい。当時は観光バスなど勿論あるはずも無く、寺社巡りの頼りは関西で発達していた電鉄網だけであった。 薬師寺、唐招提寺には近鉄 西ノ京駅で降りて徒歩で出かけた。 当時の薬師寺は本当に荒廃した金堂に薬師如来像と脇侍の日光、月光菩薩が祀られていた。 私のほか誰一人観光客や参拝者がいる訳でなく、薄暗い堂内で薬師如来を見上げその美しいお顔とお姿に対峙した瞬間、何とも言えぬ感動を覚えたのを今もはっきりと思い出すことが出来る。 当時の金堂の写真を私の持っている何冊もの古い歴史書から探そうとしたが見当たらなかった。そんな時先日のNHKの平城遷都1300年の記念番組の中で、薬師寺の高田好胤師が荒れ果てた寺の復興再建の大事業に奮励努力された有様が映し出されており、その映像の中に当時の金堂が出て来たが懐かしさと共に時の流れを感じた。 唐招提寺は山門を潜ったあと、金堂まで緩やかに下り勾配を降りて行く感じで金堂の正面に到るとギリシャ神殿に見られるエンタシスのふくらみを持った柱が目に入って来るのが、改めてここがシルクロードの終点であることを実感させてくれた。 鑑真和上の像は現在は国宝に指定されていて年に何回しか公開されないが、当時は金堂の直ぐ左側の置かれていて何時でも誰でも拝むことが出来たのは有り難かったのをしみじみと思い出す。 # by bogie21 | 2010-10-24 10:21
![]() ![]() ![]() ![]() この頃は街を歩いていても至る所でモダンアートとかオブジェにお目にかかる事が多い。上の写真は総て通りがかりに私が見た球形あるいは丸いオブジェを集めてみた。 ① 池袋メトロポリタン側の入り口に飾られていたもの ② 池袋東武デパート内に飾られていたもの ③ 神田一ツ橋 共立女子大 の外に飾られていたもの ④ 上野 都立美術館の外に飾られていたもの どういう訳か私はこうしたオブジェに関心を惹かれる。こうしたオブジェを制作する人々もこれなら作品を見る人々の関心を惹けると思って制作したのではなかろうか。矢張り我々の住む地球を始めとして、月も太陽系の惑星も丸くその天体の軌道も総て円を画いて廻る。 これが円球(丸)に惹かれるDNAを人類に先天的に埋め込まれたのではなかろうかなどと余計なことまで考えてしまった。 # by bogie21 | 2010-10-17 09:03
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